ポスターが閉じ込めた時間──SDガンダム外伝『大いなる遺産』と再会した朝に

Life

この記事では、SDガンダム外伝『大いなる遺産』のポスターをきっかけに、時間・記憶・物質の手触りについて静かに辿っています。
作品の評価ではなく、過去と現在が重なる瞬間を記録した文章です。

🌱はじめに

ある日の朝、X(旧ツイッター)を眺めていたとき、
ふと一枚の投稿が流れてきました。

その瞬間、画面の向こうから、
紙の手触りのようなものが静かに立ち上がってきました。

ポスターは、ただの印刷物ではありません。
そこには、時間が折りたたまれたまま眠っているように感じられます。

当時の空気、
子どもの頃の視界、
胸の奥に沈んでいた感情の粒。

それらが、
一枚のポスターをきっかけに
ゆっくりと浮かび上がってきました。

懐かしさという言葉では追いつかない、
「あの頃の自分」と「今の自分」が一瞬だけ重なる感覚
その交差点に立つと、
時間とは直線ではなく、
ふとした瞬間に折り返し、
現在へと重なり合うものなのだと気づかされます。

ここから先は、
そのポスターを見て感じた違和感と、
忘れていた記憶が蘇るまでの静かな旅路を
ゆっくりと辿っていきます。

🔍 当時は見えていなかったもの

ポスターには、今の自分なら気づく情報がいくつもあります。

  • 「8M+64K SRAM」
  • 「バッテリーバックアップ機能付き」
  • 「全国の有名デパート、玩具店、スーパーでお求めください。」

子どもの頃、こうした文字は一切目に入っていませんでした。
1985年生まれの自分にとって、ゲームは “絵と音と冒険” だけで成立していたからです。

容量やSRAMといった概念は存在していませんでした。
しかし今見ると、これらはすべて 90年代前半のゲーム文化の空気 そのものだと気づきます。

当時の自分には見えていなかったものが、
大人になった今、急に鮮明に見えるようになったのです。

🎮 強烈に残っている体験の記憶

技術的な情報は覚えていないのに、
ゲーム体験そのものは驚くほど鮮明に残っています。

  • 序盤で強敵エリアに突っ込んで無謀にレベル上げをしたこと
  • 世界観から少し外れた赤いカンフー系ガンダムに感じた違和感
  • アムロが仲間にしがみつくのに連れて行ってもらえない、あの切ないシーン
  • アムロが主人公になる章の難しさに混乱したこと

そして何より、
電源を入れる瞬間の緊張感です。

カセットを差し込み、
スイッチを押しながら祈ります。

「セーブデータ、残っていてくれ…」

データが消えていたときの、
胸の奥がスッと冷えるような感覚。

あれは、子どもにとっては小さな“世界の終わり”でした。

📜 物理ポスターが持つ時間の厚み

今回の体験で強く感じたのは、
物理的なポスターが持つ時間の厚みです。

紙という物質は、
当時の空気、
印刷の質感、
色の退色、
その時代の価値観をそのまま閉じ込めています。

デジタル化が進み、
効率やタイパが価値の中心に置かれるようになった今、
こうした“物理の記憶媒体”は急速に姿を消しつつあります。

しかし、失われていくものは、
同時に 価値を取り戻すもの でもあります。
変化は避けられず、止める必要もありません。
むしろ変化があるからこそ、
人は過去を振り返り、
その時代に宿っていた“意味”を再発見するのだと思います。

🌏 コロナ前後に似た世界の変化

この感覚は、
コロナ前とコロナ後の世界の変化にも似ています。

  • 変化は突然訪れる
  • その時は気づかない
  • しばらく経ってから「あの頃は…」と振り返る
  • 変わった後の世界が“普通”になる
  • そしてまた、その普通を懐かしむ日が来る

ポスターを見て感じたざわめきは、
単なるノスタルジーではなく、
「変わり続ける世界の中で、変わらずに残るものは何か」
という問いそのものでした。

🕰️ 時間を閉じ込める装置としてのポスター

デジタルが主流になった今でも、
物理的なポスターには
“時間を閉じ込める力” があります。

そこに写っているのは、
ゲームの情報ではなく、
当時の自分の感情であり、
今の自分の視点であり、
その二つが重なる瞬間の“ざわめき”です。

ポスター1枚で、
あの頃の世界が静かに蘇るのです。

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